受注をずらす値引きが、売上の6〜8%を奪っていた 〜営業の報酬制度が生んだ「駆け込み受注」の代償〜
売上を積み上げるほど歩合率が上がる報酬制度のもとで、営業担当者は受注日と値引きをどのように調整するのか。この点について、ある大手エンタープライズソフト企業の7,912件の契約データに基づいて検証した研究の成果を参照し、報酬制度が引き起こす行動の変化と、そこで生じる売上の逸失を捉えるための視点を解説します。
要旨
- ある大手エンタープライズソフト企業では、同じ四半期に売上を積み上げるほど、営業担当者の歩合率が高くなる制度を採用していました。契約をどの四半期に計上するかによって自身の報酬が大きく変わるため、営業担当者は受注を前倒ししたり、次の四半期へ先送りしたりしていました。さらに、希望する時期に顧客に契約してもらうため、値引率も高くなっていました。その結果、値付けの歪みによって売上の6〜8%が失われていたと推定されています。営業担当者への報酬制度のコストを検証する際は、支払った報酬のみではなく、失った売上も確認し、全体像を捉える必要があります。
はじめに
四半期末になると、受注が集中する。営業組織ではめずらしくない光景です。
顧客の予算消化や稟議の締め日が重なるためだと考えられがちですが、受注を急いでいるのは顧客ではなく、営業担当者である可能性も存在します。
UCLAアンダーソン経営大学院に所属するイアン・ラーキン(分析当時はハーバード・ビジネススクール)は、大手エンタープライズソフト企業で、1997年から2003年に成立した7,912件の契約を分析しました(Larkin, 2014)。対象となった営業担当者は412名。契約金額、値引率、受注日、担当者の報酬まで含む実取引データです。
分析の結果、営業担当者は顧客の都合だけでなく、受注日が自身の報酬が大きくなる四半期に含まれるように操作していました。しかも、その日程で顧客に契約してもらうため、値引率を引き上げてもいたのです。
売上に応じて歩合率が上がる報酬制度
この企業では、四半期の売上が積み上がるほど、次の契約に適用される歩合率が高くなる制度を採用していました。
原研究に掲載されたモデルケースでは、最初の50万ドルまでの歩合率は3%です。次の50万ドルは6%、その次は9%と段階的に上昇し、600万ドルを超えた部分には24%が適用されます。
同じ25万ドルの契約でも、その四半期にまだ売上がなければ歩合率は3%にとどまります。一方、すでに200万ドルを売り上げていれば、歩合率は12%になります。
つまり、契約金額が同じでも、どの四半期に受注するかによって営業担当者本人の報酬が変動します。今期の売上が積み上がっているのであれば、次の案件も今期に計上したほうが得になる。反対に、次の四半期に大型案件が控えている場合には、現在の案件も次の四半期へ回したほうが、高い歩合率の適用を受け得ることになります。
なお、原研究に掲載された料率表は、この企業の制度をそのまま公開したものではなく、機密保持のために加工された例です。分析には、実際の報酬データが使用されています。
報酬が高くなる四半期へ受注を動かす
分析対象となった契約の67%は、四半期の最終日に受注していました。
ただし、期末に受注が集中しているという事実のみでは、報酬制度が原因であるとは断定できません。顧客側にも予算や決算の都合があるためです。
そこで原研究では、同じ契約を前の四半期、実際に受注した四半期、次の四半期に計上した場合に、営業担当者の報酬がどの程度変動するかを契約ごとに計算しました。
その結果、現在の四半期に受注したほうが報酬が増える案件は、期末に前倒しされる傾向がありました。反対に、次の四半期に回したほうが報酬が増える案件は、期初まで先送りされる傾向が確認されています。
受注日は、顧客の購買準備だけで決まっていたのではなく、営業担当者本人の報酬によっても左右されていました。
受注日を動かす手段としての値引き
顧客に契約日を前倒ししてもらったり、営業担当者が希望する時期まで契約を待ってもらったりするには、相応の理由が必要です。その手段として用いられていたのが値引きでした。
四半期中盤に成立した契約の平均値引率は28.8%でした。一方、期初の契約は34.6%、期末の契約は36.2%です。


図1 四半期内の受注時期と平均値引率(※1)
出典:Larkin(2014), Figure 1をもとに作成
期初や期末に契約する顧客ほど、価格に厳しかったという可能性も考えられます。原研究では、契約規模、製品、顧客業界、営業担当者、顧客と販売企業の決算期などを考慮し、過去の値引き傾向を用いた追加検証も行っています。
それでも、営業担当者の報酬が大きく変動する契約ほど、値引率が高くなるという関係は残りました。
営業担当者が値引きをすれば、自身が受け取る歩合も減少します。それでも、高い歩合率が適用される四半期に契約を計上できれば、値引きによる減少分を上回る報酬を得られます。
会社の売上を削ってでも、受注時期を合わせる誘因が存在したのです。
見えていなかった6〜8%のコスト
原研究では、報酬上の都合から受注時期を動かしたと推定される契約は、そうでない契約より値引率が平均4.8ポイント高かったと推定しています。
この差を実際の販売価格に換算すると、会社が失った売上は全体の約6〜8%に相当しました(※2)。
この企業が営業担当者に支払っていた歩合は、売上の約6%です。企業の側から見れば、報酬制度の費用はこの6%であると見えます。しかし、その裏側では、これと同程度の売上が、報酬上の都合に伴う値引きによって失われていたと推定されています。
報酬制度の総コストは、営業担当者へ支払った金額だけを見ても把握できません。制度によって変動した受注日や値引きまで含めて、初めて全体像が明らかになります。
自社の報酬制度を検証する視点
原研究が対象としたのは、売上に応じて歩合率が段階的に上がる制度を採用する企業です。同じ制度を採用していない企業に、6〜8%という数字をそのまま当てはめることはできません。
ただし、四半期の達成状況によって賞与が変動する組織や、一定の売上を超えた場合に報奨金が増える組織においても、受注時期を変動させる動機は生まれます。
確認すべきなのは、期末の受注件数だけではありません。
四半期の各週について、受注件数、値引率、営業担当者の目標達成状況を重ね合わせて確認します。目標達成が近い営業担当者ほど値引率が高くなっているのであれば、顧客からの価格要求だけでなく、社内の報酬制度が値引きを生じさせている可能性があります。
原研究は、報酬制度を廃止すべきだと結論づけてはいません。報酬によって営業担当者の努力が増加する効果は、分析の対象外とされているためです。
問われているのは、報酬をなくすことではありません。見えている効果と、値引きとして隠れているコストの両方を測定することです。
おわりに
営業担当者に売上の増加を促すための報酬制度が、受注日を動かし、企業の売上を減少させていました。
営業担当者は制度に反する行動をとったのではありません。与えられた条件のもとで、自身の報酬が最大となるように行動したにすぎません。問題は個人の倫理ではなく、その行動を合理的なものとした制度にあります。
まず確認したいのは、期末に成立した契約の値引率です。期中の契約より値引率が高いのであれば、その差は顧客から求められたものなのか、営業担当者の報酬上の都合から生まれたものなのか。受注実績だけではなく、その受注を得るために失った売上まで見る必要があります。
注記
※1 横軸の第1週から第13週は、販売企業の四半期内で契約が成立した週を示します。期末最終日は第13週とは分けて表示します。赤い棒は各時期に成立した契約の割合、青い線は平均値引率です。データは原研究の対象となった28四半期を集計しています。本文で示した値引率は、期初を最初の2週間、中盤を第3週から第12週、期末を第13週と最終日として集計した単純平均です。
※2 原研究が推定した値引きによる逸失売上は5.69〜8.65%で、本稿では6〜8%と整理しています。この数字は、期初・期末の契約を受注時期が調整された契約の代理とし、報酬上の都合に伴う追加値引きがなくても、すべての契約がより高い価格で成立したと仮定する上限推定です。
※3 原研究は、報酬制度の外生的な変化を利用した検証ではないため、因果関係を厳密に証明したものではありません。ただし、「単純な期限効果」と「顧客の価値評価に応じた価格差別」という主要な代替説明を複数の方法で検証し、これらだけでは結果の大部分を説明しにくいことを示しています。
本稿は、以下の研究をもとに構成しています。
Ian Larkin (2014) ‘The Cost of High-Powered Incentives: Employee Gaming in Enterprise Software Sales’, Journal of Labor Economics, Vol.32, No.2, pp.199–227.
※本レポートの内容を引用・転載される場合は、出典として「営業組織科学総合研究所」を明記してください。