トップ営業ほど、大型案件を追わなくなる 〜大型案件が後回しになる、時間配分のメカニズム〜
営業担当者が大型案件を追うか見送るかの判断に着目し、営業担当者173名分のCRMログから、その意思決定を案件規模と時間配分の関係として捉え直した研究があります。本稿では、同研究が明らかにした判断の構造を読み解きながら、限られた営業リソースを配分し、組織として成果を高めるためのマネジメント上の示唆を解説します。
要旨
- 営業担当者173名のCRMログを解析した原研究によれば、案件規模と成果の関係は正比例ではなく逆U字を描きます。最も成果につながるのは中規模の案件であり、大型の案件は明確に回避されていました。この傾向は、過去に高い成果を挙げた営業担当者ほど顕著に表れます。判断は案件ごとではなく担当案件全体で行われており、担当者は案件そのものの期待値ではなく、それを投下時間で割った価値を基準としています。したがって、大型案件が動かない状況を変えるためには、担当者への督励ではなく、工数の削減または見込みの不確実性の低減が必要です。
はじめに
月末最終週になっても、数字が目標に届いていません。営業会議に提出される資料を確認する限り、最大の案件についての報告に不備は見当たりません。先方の検討は進んでおり、次回の打ち合わせも設定されています。担当者は「先方も前向きです。ただ、成約は来期になる見込みです」と付け加えます。この案件は放置されているわけでもなく、報告がごまかされているわけでもありません。
ただ、担当者の一週間の稼働実態を精査すると、その案件に使われた時間は数時間にとどまり、残りの時間はすべて今月中の成約が見込まれる小口案件に充てられています。そして月の最終日には小口案件を3件成約させ、目標を達成しています。マネージャーの管理は正しく、担当者の判断も合理的であり、月次目標は達成されました。同様の光景は、多くの職場で毎月繰り返されていると考えられます。ただ、最大の案件に多くの時間が投下されていないという事実は依然として残ります。
案件を絞り込む判断と、その前提
日本の営業の現場では、案件を絞り込むことが美徳として語られてきました。決裁者が不明瞭で、緊急性も低く、課題が曖昧で導入時期も先なのであれば、無理に追う必要はない。確度の低い案件を抱え込むほどリソースは分散し、真に注力すべき案件にかける時間が失われていくため、強い営業組織ほど「追わない案件」の基準を明確に持っている、という理解です。
これは妥当な考え方だと言えます。ただし、この考え方が成り立つのは、「どの案件を切るか」を判断する基準そのものが正確である場合に限られます。
その前提に疑問を投げかけたのが、欧米4大学の研究チームがマーケティング分野の主要学術誌『Journal of Marketing』に発表した研究です(Xu et al, 2022)。研究チームは、ある照明機器サプライヤーの営業担当者173名分のCRMログを解析し、彼らがどの案件を追い、どの案件を見送ったのかを追跡調査しました。
その結果、営業担当者が案件を最初に捉えたときの規模の判断と、その後の成果の関係は、正比例にはならず、逆U字を描いていました。最も成果につながるのは中規模の案件であり、規模が小さすぎても大きすぎても成果は低下する傾向にあります。営業担当者は小〜中規模の案件ではリスクを取る一方、大型案件に対しては明確にリスクを避ける傾向を示していたのです。

図1 便益と投下コストの関係

図2 案件規模と成果の関係(※1)
つまり、営業担当者が見送っていたのは確度の低い案件のみではなく、時間を要する案件も、同じ判断枠組みの中で併せて見送られていたことになります。
高実績層ほど強まる回避傾向
この傾向は成績の低い営業担当者ほど顕著に表れるように思えますが、データが示したのはその反対の結果でした。すなわち、前のサイクルで自己最高の成果を挙げた営業担当者ほど、大型案件を回避していたのです。好調なときこそ積極的な姿勢をとるという通念は、ここでは成立していません。時間、労力、社内で行使できる信用は、いずれも有限であり、成果を挙げている担当者ほど、その残量を正確に把握しているからだと考えられます。
原研究が用いている便益とコストの考え方を現場の言葉に置き換えると、次の二つの式で表せます(※2)。
会社が見ている価値 = 案件規模 × 成約確率
担当者が見ている価値 =(案件規模 × 成約確率)÷ 投下時間
会社は案件そのものの期待値を見ていますが、担当者が有しているのは有限の時間であるため、同じ案件を見ていても割り算という一段階が加わります。仮の数字を入れてみると、両者の乖離の大きさが明らかになります。
- 小口案件:300万円 × 50% = 150万円。投下30時間で、1時間あたり5万円
- 大型案件:3,000万円 × 20% = 600万円。投下300時間で、1時間あたり2万円
会社の視点では大型案件は小口案件の4倍の価値を持ちますが、担当者の時間あたりの価値で見ると、小口案件のほうが2.5倍高くなります。会社と担当者とで同じ案件一覧を見ながら結論が食い違うのは、担当者の意欲や胆力によるのではなく、割り算がなされるかどうかによるものでしかありません。担当者の判断過程では、「この案件に注力すれば、今期中の成約見込みの5件が停滞する」という計算が働いていると考えられます。
原研究が捉えたのは、まさにこの構造でした。営業担当者は成約の不確実性を織り込んで期待値を補正していますが、それを案件ごとにではなく、担当案件全体、つまりポートフォリオ単位で行っていたのです。目の前の一件を追うか見送るかは、その一件の魅力ではなく、保有している案件全体での計算によって決定されていると言えます。
ここには実務上の副作用もあります。原研究の反実仮想分析によれば、この補正を考慮せずに成約率を見積もった場合、最大で100%、つまり2倍の過大・過小評価が生じるとされています。着地見込みの精度が低いのは、営業担当者が数字を誇張しているためでも読みが甘いためでもなく、彼らの頭の中にある計算がパイプラインの数字に反映されていないためである可能性があります。
日本の商慣習に置き直したときの差異
原研究が対象としているのは欧州の製造業における営業ですが、大型案件に要するコストの実質的な内容は日本でも違いはありません。関係者の数が多く、誰も単独では決裁できず、追加資料の要求が続くことで、提案期間が長期化していきます。
異なるのは、意思決定の主語です。日本の大型案件は営業担当者ひとりで進められるものではなく、部門長の同席や技術部門の関与、社内稟議の設計まで含めた組織的な取組として扱われることが多いためです。そうだとすれば、原研究が示唆するのは、担当者個人の胆力の問題ではなく、マネジメント側が取り組むべき設計の課題ということになります。
原研究では、調査結果をもとに、担当する案件群の大きさと成約の不確実性によって、目標達成率がどう変わるかをシミュレーションしています。
大きな案件群を担当する高実績層では、成約の不確実性が高い場合の目標達成率は50%でしたが、不確実性が低い場合は96%でした。経験の浅い営業でも、同じ条件で60%から118%へ上昇しています。いずれも、原研究の分析結果から算出された予測値です。
同じ大きさの案件群を担当していても、成約の見通しを持てるかどうかによって、予測される成果は大きく変わります。大型案件が進むかどうかは、担当者の意欲だけでなく、どのような案件群を持たせ、成約の不確実性をどこまで下げられるかという、マネジメント側の設計にも左右されるのです。
マネジメント側に求められる対応
まず、案件を追わせる前に停止してよいものを指定することです。工数を確保しないまま大型案件を追加するのは、担当者の計算式の上では負債を増加させることにしかなりません。
次に、不確実性を下げる材料を提供することです。決裁ラインの構造、過去の類似案件における成約率、失注したときに何がどこまで残るのか。督励を強めても、担当者の判断は変化しません。変化するのは、判断材料が増えた場合に限られます。
そして、ひとつの案件だけを取り出して追及しないことです。担当者は案件一覧全体での比較衡量によって結論を出しているため、全体を見て話を進めない限り、マネジメント側の質問と担当者の答えは最後まで噛み合いません。
おわりに
大型案件が進展しないとき、担当者はすでに答えを出しています。追わないという判断は、意欲の欠如ではなく、限られた時間をどこに配分するかという意思決定の帰結だからです。そうだとすれば、動かすべきなのは担当者の気持ちではありません。工数または情報、つまりコストか不確実性のどちらかが低減しない限り、同じ計算式からは同じ答えしか出てきません。
「追わない案件を決める」ということそのものは、今後も妥当であり続けるはずです。ただ、その判断において、確度を捉えているのか、それとも投下時間の大きさを捉えているのかは、一度確かめる価値があります。案件を一件ずつではなく全体として俯瞰し、大型案件のみが毎月同じ位置に据え置かれていないかを確認する。原研究から得られる最も小さな一歩は、そこにあります。
注記
※1 図1は、原研究が示した案件規模と成果の逆U字の関係、および成約の不確実性によるカーブの左シフトを、本稿のために描き直した概念図です。実測値をプロットしたものではありません。
※2 本文中の2つの式は、原研究の便益−コスト分析の考え方を本稿のために書き下したものです。金額および時間は説明のための仮の数値であり、原研究に示されたものではありません。
本稿は、以下の研究をもとに構成しています。
Juan Xu, et al. (2022) ‘Why Salespeople Avoid Big-Whale Sales Opportunities’, Journal of Marketing, Vol.86, No.5, pp. 95-116. Available at https://doi.org/10.1177/00222429211037336 (Accessed 27 August 2026).
※本レポートの内容を引用・転載される場合は、出典として「営業組織科学総合研究所」を明記してください。